Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

ぶどうなる小道を抜けて100年続くワイナリーの香り

2015.10.15

香りのことば

香りを表現することば。その表現は香りの世界はもとより、食の世界においても私たちの五感をくすぐる。食欲を誘うスパイスの香り、コクのあるコーヒー豆の香り、芳ばしいクルミの匂い、爽やかなフルーツのフレーバー……頭のなかに浮かべるだけで、美味しさが口の中に広がるようだ。実りの秋らしいこの季節に、そそられることばといえば「芳醇なワインの香り」ではないだろうか。

ぶどうと大阪

ぶどうの歴史は古い。5世紀の仏教伝来とともに大陸からその栽培方法が伝わったという。鎌倉時代以降は甲州(山梨県)での栽培が中心であったが、江戸時代以降、しだいに大阪河内地方での栽培が本格化、昭和初期には大阪が生産高で日本最大規模にもなったという。果実としてのぶどう栽培とともに、醸造技術も発達し、100年の歴史をもつワイナリーが河内地方に残っている。大阪市街地を抜けた南東部、生駒山系の麓に位置する柏原市。駅を降り立つと、あちらこちらにぶどうをモチーフにした装飾が見られる。これまで知らなかった《ぶどうと大阪》が重なり、胸が高まる。

100年続くぶどう畑

住宅街の奥にみえる山の斜面に広がる、ぶどう畑。ふもとの、古民家が残る、美しく情緒ある町並みを案内してくださったのは、カタシモワイナリーの井麻記子さん。「今では、山梨や長野、山形がワインの有名な産地になっていますが、もともとこの柏原が、日本でも有数のぶどうの産地でした。曽祖父は常に新しいことにチャレンジする人で、明治のはじめには斜面を開拓してぶどう栽培をしていたんです。でも、自然災害で作物がやられてしまうと、この地域の人たちは生活ができなくなってしまう。だから、加工して作るワイン醸造に挑戦しました。そこからいくつもの試行錯誤の連続を経て、ぶどう作りとワイン作りの二つが今も残り、続いています」。

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石垣の積まれた細い路地の坂をあがってゆくと、たわわに実ったぶどう畑が一面に広がる。いろいろな種類の紫色の房が、実りのころをむかえている。美しい果実の連なりに思わず魅入ってしまう。ぶどう棚のむこうに目線を向けると、高層ビルやマンションを望む不思議な場所だ。「私たちが作るワインは、できる限り地域の歴史や文化に基づいたものにしたいと思っています。担い手も減り、少しずつぶどう畑が宅地などに変わっている現状ですが、斜面を切り開いた創業当時からの畑を残すことが大切。機械が入れないので草取りも手作業で大変ですが、地域の香りや思いを詰めたワイン作りを続けることで、大阪に残るぶどうやワインの歴史、伝えたいですね」。

香りの宝庫

ぶどうの収穫、ワインの仕込みが最盛期の10月。ぶどうの種類もブレンドも状態も、それぞれに異なる大きな発酵樽がいくつも並び、じっくりと発酵が進んでいる。シュワシュワとした発酵の匂いがするもの、開けた途端に果実の香りがひろがるものなどさまざま。「ワインが良い状態の時はフルーティな香りが漂っています。同じ種類のワインでも、色を重視したり、香りを重視したり、樽を置く場所もコンディションによって変えています。日ごと香りは変わるので、酵母のご機嫌な香りも好きですね。プラスに傾く想定外が楽しいんです」と井さん。発酵が終わると、木の樽で熟成させる。芳醇な香りは、ここで生まれる。今年の新酒をひと口いただいた。先ほどの畑で採れたデラウェアの、甘味のある一種。お酒であることを忘れてしまうような、フルーティでフレッシュなぶどうの香りだ。「ぶどうが無事に育って収穫できたとき、美味しいワインになりそう!と思えるぶどうが手元に届いたときが一番嬉しいですね。うまくいかないときは、ぶどうに“ごめんなぁ”と言いながらやってます。ワインとしてできあがったときのその香りを、どうやったら1年2年と残せるのか……開けるたび、できたてのワインの香りを楽しめたらと、挑戦を続けています」。

地域に育まれたワインと香りと

かつて彼女の曽祖父がはじめたぶどう畑。さまざまなことに挑戦した先人がいたように、彼女の挑戦は止まらない。「地域に根付いたワイン作りで地域の人が暮らしていけるように、そして何よりも美味しいワインを造り続けられるように。それが今もこれからも、目標です」。大きなワイン樽に囲まれながら、高井さんはまっすぐに話す。さぁ、新酒の季節。芳醇という言葉で表現しえない自然からの恵みの香りが、きっとそこにはあるのだろう。地域に育まれた香りを味わう、秋のひととき。香りとワインの世界に酔いしれたい。

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