Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

柚子香る里種から育つ果実のはなし

2015.11.16

冬の気配

立冬をすぎて冬本番がやってきた。今年も残すところあとわずか、と思うと少し気が急いてくる。だんだんと日が短くなりひと月もすると冬至。春菊など旬の香りをたくさん入れたお鍋もおいしい季節だ。そういえば冬至には柚子湯につかる習わしもあるな、そんなことを思いながら柚子の旬が冬であることに気づく。寒い季節に実りをむかえる果実。その香りをたどった旅のはじまり。

大阪市内からほど近い箕面市止々呂美(とどろみ)は山に囲まれた自然豊かな山里。山は少しずつ色づきはじめ澄んだ空気が気持ちいい。民家の先には黄金色に輝く柚子の木々がみえる。“鈴なり” ということばのとおり、大粒の果実が一本の枝にたくさん実っている。「今年は例年より2週間ほど早く収穫をはじめられてね。つい先日、今年はじめての収穫をしたところです」。出迎えてくださったのは尾上喜治さん。ご自宅の周りにも収穫の時期を迎えた柚子の木々。その間を抜けて案内してくださった納屋には収穫したばかりの果実が、午前の光を浴びて輝いていた。大きな一粒を手にとると、爽やかな酸味のある香りが鼻をかすめる。「いい香り」、自然とことばがもれた。

果樹栽培の里

「この辺りは海抜600メートルくらいの山に囲まれた谷の村。120軒ほどの集落で、今では20軒あまりが柚子の栽培をしています。昔はクヌギの木から菊炭を焼いていましたが、炭が使われることが少なくなると、果樹栽培に力を入れるようになって、枇杷や柚子、栗や花山椒なんかも作ります」。村史によると江戸時代には柚子を栽培していたという記録があるという。尾上家も明治時代にはこの地で柚子栽培をしており、昭和になると生産品としての出荷もはじめ、柚子と並んで枇杷作りも盛んに行っていたという。「私はもともと民間の会社勤めをしていたんですが、本を読んだりしながら勉強をして定年退職後に本格的に柚子栽培をはじめました。柚子を箕面の特産品にするためのプロジェクトが平成21年に立ち上がって、今では70種をこえる特産品ができました」。柚子は箕面を代表する特産品。果実そのものはもちろん、さまざまな形へと加工され地域を盛り上げている。

種から果実へ、長い年月の産物

一般的に柚子は台木に接ぎ木をする「接ぎ木栽培」が多いが、止々呂美の柚子は種から育てる「実生(みしょう)栽培」。京都水尾、埼玉の毛呂山、そして箕面の止々呂美が実生柚子の三大産地といわれているそうだ。接ぎ木栽培は4〜5年で実がなるのに対して、実生栽培では実をつけるまでに15年ほどかかる。だが、木の寿命は長く、接ぎ木された木が約100年で朽ちるのに対して、実生の木は150年ほど生きるという。

実際に収穫するところを見せていただいた。柚子には鋭利なトゲがある。長いものでは5センチはあるトゲ。昔は鹿皮を身につけて収穫していたんだとか。手の届かないところは梯子や、枝に登って収穫する。尾上さんはすいすいと登って収穫していく。「実生栽培の柚子は実が大きくて、何よりも香りが強いんです。果実の肌もきれいですよ。柚子は豊作とそうでない年とを1年ずつ繰り返します。今年は豊作の年。でも収穫に至るまでの、剪定などの世話に手間がかかりますね」。どの実にも陽の光が行き届くように、1本の木からできるだけたくさんの果実を収穫できるようにと、尾上さんの育てる木はきれいに剪定されている。そのために、果実はたっぷり日光を浴び大きく成長している。風に乗って香りがただよってきた。

果実に込められた想いと香り

柚子のジャムを使った柚子茶をいただく。甘さと酸味が濃厚で香りまで美味しい。温かい一杯でほっと心も休まった。「これからは、柚子の果汁や加工品の商品としての価値も上げていきたいですね。年齢のこともあるので畑は現状を維持していければ。今、自分が畑を大切にしていくことで、例えば今は農業とは違う仕事をしている人でもいいし、次なる世代へ受け渡していけたら、それがこれからの願いですね」。

小さな種から実った果実。その一粒に蓄えられた香りには、寒さをも明るく照らすような、力強さと爽やかな酸味。何年も何百年も実りの季節を迎えられるように、そんな作り手の想いがこもった香りがいっぱいにつまっていた。

SPECIAL THANKS

止々呂美ゆず生産者協議会会長

尾上 喜治さん

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