Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

夏の楽しみ、ビール歴史あるビールに触れる

2016.07.20

夏の訪れ

グラスに注がれてから静かに待つ時間。対流していた泡が落ち着き、徐々に琥珀色へとかわっていく。ビールがうまれるのは、注がれるその時なのだ。



journey2016_7_1-2.jpg

本格的な夏がおとずれ、毎日「あつい、暑い」と、その暑さを疎ましく思いながらも、なんとなくこの季節を楽しんでいる。その楽しみ方はさまざまだが、ビールという存在は二十歳をこえた大人にとって、ささやかな、時には大きな楽しみのひとつではないだろうか。喉ごしを楽しむものとばかり思っていたビール。注がれてからの時間、そして口に含んだときの口当たりや味わい、そして香り。どうやら五感で楽しむといっても言い過ぎないほどの奥深さがあると気づいたのは、エールビールを知ったから。香りを楽しむビールがあることをご存知だろうか。



ラガーとエール

冷たい喉ごしをゴクリと楽しむビールはラガー。私たちが口にする大半はこのラガービールと呼ばれる種類で、15世紀のドイツで生まれた。これに対して、ラガービールより少しぬる目の温度で、香りとコクを味わいながら飲むのがエールビール。古くは紀元前からイギリスでつくられていたという。しかし、聞きなれないのがこの“エール”という種類。ラガーとの大きな違いは発酵の過程。原料はラガーもエールも大麦、水、ホップ、そして酵母菌の4つ。麦汁という発芽した麦と水からつくった液体へ、香りづけと防腐作用のあるホップを入れ、発酵のために加えるのが酵母菌。この酵母を、常温に近い温度で短時間で発酵させるのがエール、低温で時間をかけて発酵させるのがラガーと分類される。歴史が古いのはエールだが、冷たく切れのあるラガーが誕生してからは瞬く間にビールの主流はラガーへと移ったという。

だが、エールビールには、その発祥の地、イギリスでの伝統的な製法にこだわり、さらにはグラスに注がれる最後の仕上げで完成するリアルエールと呼ばれるこだわりのビールがあるという。

journey2016.7_3-2.jpg

エールビールを探して

高瀬川を西へ。細い路地にあるビルの2階、夜な夜なビールファンが集うというアイリッシュパブ『CASTLE WEST』。リアルエールが飲める数少ない場所のひとつだ。店主の上西芳明さんがリアルエールについて教えてくれた。「普通のビールと大きく違うのは注ぎ方。注ぐ時に炭酸ガスで押し出す感じが普通のビール、井戸水みたいに汲み上げるのがリアルエール。リアルエールは炭酸ガスを使っていないんですよ。香りはグレープフルーツみたいな感じかな」。高い温度で発酵した酵母菌はフルーティーな香りを放つのが特徴だという。そして、よく見ると注ぐためのサーバーも違う形だ。ハンドポンプと呼ばれる手動のポンプでパイントグラスにたっぷりと汲み上げている。

「4回汲み上げるとだいたいパイントグラス一杯分。下から泡がもこもこしてきて、だんだんと上にあがってきます。完成するまでには4分半から5分くらい。その間にお客さんと話したり、待つ時間を楽しみます」。

journey2016.7_4.jpg

▲注がれてすぐは泡が対流しているが、徐々に泡が落ち着き、お客さんの前に出される時には美しいコントラストに。



注がれるその時に完成するビール

細かい泡が下から次々に上がってくる。「初めてこのビールを飲んだ時、すごく衝撃的だったんです。いい香りだなって。だから好きになったっていうのもありますね」。そんな話しを聞いているうちに、泡が上層へ上がり琥珀色のビールが姿をあらわしてきた。だがまだ飲めない。「最後に仕上げの泡をこんもりと作って、見た目にも美味しく。ここでさらに香りを立てるイメージかな」。注がれて差し出されるその時に、ビールがもう一度完成する、そんな印象さえ受けた。口にふくむとわずかな発泡感と苦みとコク、そして抜けるような柑橘の香り。決して香りづけしているわけではないのに感じる、グレープフルーツの香りに驚いた。

journey2016_7_5.jpg

香りを楽しむ

「昔はエールビールが普通だったから、香りを楽しむ、ということを意識してつくったわけではないと思います。でも、ビールを知るきっかけやたしなみ方のひとつとして、“香りを楽しむビール”、としてエールが知られるのもいいかもしれませんね」。上西さんが教えてくれるビールの話しはわかりやすくておもしろい。聞けば洋梨やチョコレートのような香りもあるという。色合いや苦み、甘みの違い、味わいの幅広さなど奥が深いエールビール。その雑学を店主にたずねたり、行くたびにちがう銘柄のビールを味わうのも、すこし大人の世界へ足を踏み入れたようで嬉しい。

暑さがやわらぐ夜の時間、ビールの泡が静まるのを待ちながらカウンターに座る時間も、夏の楽しみになりそうだ。

最新の記事

アーカイブ