Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

人の手から紡ぎだす奈良の都が育んだ小麦文化

2017.01.16

日本最古の神社　「大神神社」

冬の冷たさが一層増してくる1月。冬のひんやりした空気と、神社のシンとした厳かな空気が心に静けさを与える。ここは、日本最古の神社といわれている奈良、大神神社（おおみわじんじゃ）。三輪山を祀っているこの神社は太古より三輪の人々の生活を見守ってきた。参拝後、神社のまわりを歩くと、漂ってくる出汁の心地よい香り。ガラス越しに見えるのは、あたたかな湯気がほかほかと立ち上るにゅうめんを囲んで談笑する人たち。「そうめんは夏のもの」そう思い込んでいたのは、どうやら間違いだったらしい。

そうめん発祥の地、三輪

JR巻向駅。収穫の時期が終わった田んぼの静かな風景がなんとなく懐かしい。10分ほど歩くと、和風の立派な建物が見えてきた。訪れたのは、そうめんの老舗三輪山本（旧社名：三輪そうめん山本）。ここ三輪の地でそうめんをつくり続けて今年で300年を迎える。今回案内してくださったのは、広報室の吉本昌継さん。まずはそうめんの歴史から教えてくださった。

日本の麺の元祖

そうめんの主原料である小麦は奈良時代、仏教伝来とともに奈良の都へと伝わってきた。

こちらが「索餅」と呼ばれるそうめんの原形で、小麦粉をこねて麺状にし乾燥させたもの。これを日本の気候でも乾燥しやすいよう細く長く伸ばしたものがそうめんの始まり。そうめんは包丁文化が始まる前の食べ物で、切り出して作るうどんやそばよりも歴史ある食べ物だというから驚く。「出来上がった麺が美味しいかどうかをなによりも一番に考えて作っています。美味しいおそうめんをつくるためには妥協はしません」。きっぱりとそうおっしゃったのは8代目主人山本太治さん。麺によって小麦の種類を変えるという徹底ぶりだ。

小麦の香り

作業場に入ると、立ち込める小麦の芳醇な香り。焼きたての食パンを豪快に割ったときのような、なんとも幸せな香りだ。手延べそうめんは太い棒状の生地を、2本あわせたり撚りをかけたりしながら細く長く伸ばし、乾燥、熟成を経て完成する。製造部の古家徳幸さんに話を伺った。「一番気を遣うのは塩の配合です。気候の変化に合わせて塩分量をきちんと調整しないと、ちゃんと伸びてくれない。ここを間違えると、延ばした時にプツプツ切れてしまうような生地になってしまうんです」。そうめんの主原料は小麦粉と塩水。とってもシンプルな原料だからこそ、少しの配合ミスが命取り。経験を積んだ職人の感覚が頼りとなる。

冬の風物詩？

夏の風物詩と思われがちなそうめんだが、実は夏には作られない。生地の熟成は塩の量でコントロールするが、気温が上がりすぎるとその調整が難しくなるのだそう。つまりそうめん作りは、冬がまさにベストシーズンなのだ。そうはいっても、需要が上がるのはやはり夏。夏にたくさんの人のもとへ美味しいそうめんを届けられるよう、職人たちは冬の間中、そうめんを作り続ける。すべての工程で何度も何度も人の手をかけ、出来上がりの姿にもとことんこだわり抜いてつくり出されるそうめんは、まるで絹糸のように美しい。ズラリとならぶ姿は圧巻。

四季にまかせて

そうめんは製麺後、長い物で2年ほど蔵に寝かせて熟成させる。冬場の乾燥した空気で麺が細くなり、梅雨の湿気の多い環境で水分を含んで少し太くなる。この繰り返しによってコシの強い麺が出来上がるというわけだ。驚いたことに、熟成を繰り返したコシの強い麺は、90度ほどに曲げても折れない。

冬のそうめん

最後にご用意してくださったのは、この季節にぴったりのにゅうめん。大神神社の帰り道に見たあたたかい団欒の風景を思い出す。湯気とともに立ち込めるやわらかな出汁の香り、つややかな麺……。冬の寒さで冷えた身体も、心からあたためられる。細い麺には1本1本に弾力があり、それでいて柔らかくなめらかに喉を通り抜けていく感覚が心地いい。椀の横に添えてある七味唐辛子をお出汁にうかべると、葉山椒のぴりりと爽やかな香りが広がる。「お出汁や七味も、おそうめんに合うものを原料から厳選してつくっています」。日本の技術と文化が生み出す三輪の手延べそうめん。日本に生まれた幸せをしみじみとかみしめる瞬間である。「常連のお客様は味に厳しいんです。でも、お客様の期待を裏切らないように勉強していく使命がありますから。普段食べておられるおそうめんと当社のおそうめんの違いっていうのを体験していただいて、ほんもののおそうめんの良さを知っていただきたい」。