Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

香るお菓子と団欒の風景地域の輪が生んだ、よもぎ餅

2018.04.25

門前町 坂本

桜が咲き、新しい命が大地からいっせいに顔を出す。穏やかな春の風に、今まさに芽吹き出した植物たちの香りが運ばれてくる。そんな風景を探して、滋賀県 坂本を訪れた。冬を越え、やっと葉を広げた草木の青くみずみずしい香りや、花々の歌うようなリズムが旅人を優しく歓迎してくれているようだ。美しい自然のそばには、澄んだ水がさらさらと流れてゆく。
ここ坂本は日吉大社や延暦寺の門前町。その歴史は古く、毎年4月に行われる日吉大社の「山王祭」は1200年以上も続く神事だ。宵宮では1トンほどもある複数の神輿が競い合い、炎を巻き上げ激しくぶつかり合いながら急坂をくだっていく。祭りの風習は今も地域に根強く残っていて、祭りのあいだは町中の家が空になると言われるほど。

季節ある風景を愛で、歴史ある文化を大切に守り続ける場所。
ここで育まれる香りは、一体どんなものなのだろう。



比叡・三九良

やってきたのは、比叡・三九良(さんくろう)。よもぎ餅を専門に製造、販売するお店だ。案内してくださったのは社長の山口 敦さん。温かい笑顔で、まずは工房へ迎え入れてくださった。「三九良」。素敵な文字の当てられた名前の由来が気になった。「この名前は、ご先祖様に山口 三九良さんっていう人がいたのが由来なんです。三九良さんは周りの人からえらい好かれてはって、ここらへんでは有名な人やったんです」。人気者で町中の人たちに慕われていた三九良さんの名前は、あとの世代にも受け継がれ、やがて山口家の屋号となっていった。その名前をとって名付けた比叡・三九良を訪れるお客様の中には、「三九良さんのところのおうちのお店?」と足を運んでくれる人もいる。名前の由来にも、地域の輪を大切に守り続ける坂本の人たちの暮らしぶりが映し出されているようだ。

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お父さんのよもぎ餅

歴史が深く根付いた場所。ここ坂本で比叡・三九良のよもぎ餅が生まれたのには理由があった。
「山王祭の時期になると、ちょうどよもぎの新芽が出たてなんで、祭りの日に家族で摘んだよもぎを使ったお餅を作って町の人にふるまうというのを、親父が趣味的にやってたんやわ。ほんでこの辺りはどこのうちのお餅が一番うまいかって、昔からの風習で競わはるんですよ。それでもう、みんな必死になってね」。
祭りの風習でふるまっていたことがはじまりで、少しずつ有名になっていったお父さんのよもぎ餅。その味をいつも味わいたいと、販売を望む声が次第に大きくなってゆく。周囲の声に背中を押されながら、社長の山口さんが自宅の玄関先でよもぎ餅の販売を始めたのは、今から5年ほど前のこと。自宅の一部を解放した飲食スペースは、常連のお客様の楽しい話し声が絶え間なく続く、賑やかであたたかな空間になっている。

小さな工房でのものづくり

工房では、すでにお餅作りの支度が始まっていた。せいろからはふわふわと湯気が立ち上り、ふっくらと蒸されたもち米の香りが工房を満たしている。防腐剤などを一切用いず、シンプルな材料で作り上げるよもぎ餅。よもぎ本来の香り高さをいかすためには、下茹で後の水分の抜き加減がとても重要なのだそう。
準備したよもぎを温まったせいろに加えると、よもぎの青い香りが心地よく立ち込める。春の香りでいっぱいになった工房で、作業は続いてゆく。こだわりがつまった杵搗き機で搗きあげられたお餅は、つやつやとしなやかにのびて美しい。お餅を1つ1つ丁寧に手で丸め、あんこを詰めたらうぐいす粉をまぶして完成。
「お餅がベストな状態やと、手で持った時にわかるんやわ。『よっしゃ』という感じやね。そうすると、『この人に食べてもらいたいなあ』っていう人の顔が頭に浮かんでくるんです」。

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笑顔が溢れる

「ここにいろんな人が来てくれはってゆっくりしてもらって、わーわー言いながら笑てね。そうしてくれはったらそこ(店の裏)で耳をそばだてて『笑ってはるなあ』ってこっそり聞いて。それがいちばんの楽しみやね」。お客様の笑い声の真ん中にあるのは、お父様の代からつくり上げてきたよもぎ餅。「美味しい!」と、思わずお客様の笑みがこぼれるのを見届ける瞬間は、きっと幸せなひとときに違いない。
「これだけは本当に、自慢のお餅です」。取材の後、できたてのよもぎ餅を運んで来てくださったのは、山口さんの奥様。お二人のあたたかな笑顔に、なんだかこちらまで素敵な気分になってくる。

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ここに来る人たちの団欒を思い描きながら、いただいたよもぎ餅を一口頬張る。
お餅のなめらかな優しい食感とあんこの程よい甘さをしっかりとまとめてくれるのは、すっと鼻に抜けるよもぎのみずみずしい香り。
口いっぱいに広がる新芽を思わせる香りに、春の風景を思い出す。

夕暮れ時、友人のランドセルを追いかけながら線路沿いにまっすぐに歩いて帰った道。
幼かった目線の近くに、芽を出したばかりのよもぎが香っていた。
たんぽぽの綿毛を集めながらよもぎの新芽に鼻を近づける。
季節を知らせる香りに手が届くことを知る。

懐かしい春の香りは、小さな手で摘んだ、よもぎの香り……。









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SPECIAL THANKS

▶︎比叡・三九良 紹介ページ







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