Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

実りのにおい水と大地と日からの恵み 

2014.10.15

大地からの恵みのにおい

あったかい湯気と一緒に立ちのぼる、ごはんのにおい。大地からの、恵みのにおい。たまらず「いいにおい」の言葉がこぼれる。食べるそばから甘さが口に広がる、炊きたての米の香り。こんな風に、香りを感じながらご飯をいただくのは、いつぶりだろう。新米の季節に大地からほどこされる贅沢。この、ともすると忘れてしまいそうな匂いをたどり、恵みの季節の旅へ出た。

水始めて涸る

水田の水が抜かれ、稲刈りが始まるころ。日本の暦、二十四節気七十二候では10月3日〜7日を指す。冬の間に土を作り、4月の田植えから大切に育てられてきた稲が実を結び、9月には黄金に輝く稲穂が頭を垂れる。波打つように風になびく姿は、まるで夕日きらめく海。収穫の季節の到来。
「米を作る」と表現するのではなく、「自然からの恵みをいただいている」と農家の石津さんは話す。石津さんは生水(しょうず)の郷として知られる滋賀県針江地区で丹誠込めてお米を育てている。小さな一粒から何百粒ものお米を実らせるのは、稲そのものの生命力。そして自然の光や豊かな水、田んぼのまわりに住む生物たちのおかげ。ただその一粒には、農家の掌(たなごころ)がつまっている。
掌…そこには、先人たちの知恵もつまっている。

古く新しい生活

土鍋や釜、直火でお米を炊くことが見直されている。そして、炊きたてのご飯はどんなにか美味しいであろう。できることなら冷めても美味しくいただきたい。そこで、昔ながらの道具「おひつ」に注目してみた。
「おひつ」と聞いてピンと来る人はどれほどいよう。炊きたてのご飯を入れて保存する器。滑らかな曲線を削りだした木材で組み上げられる。木で作られたおひつは湯気や余分な水分を吸収してくれるので、お米の甘みが引き出され、なんと、炊きたてよりもうまみが増すという。おひつ=昔の人が使っていたモノ。そんな風に思いがちだが、冷めてもご飯を美味しく保てる機能は、時間に追われる私たちの「現代」のライフスタイルに向いているのではないだろうか。大地の恵みと滋味を最大限に引き出すおひつ、なんと保存日数は冬場なら3日前後可能という。その機能性、形の美しさに惹かれ、おひつをはじめ、様々な木桶を作っておられる中川木工芸 比良工房を訪ねた。

伝えていくために挑戦すること

工房の中は木々の持つ清々しい香りが満ちていた。椹(さわら)、檜(ひのき)、高野槙(こうやまき)など香り高い木々やそれらを使った作品、壁には美しい曲線を削るための繊細な道具の数々が並んでいた。職人の工房とあって緊張のなか訪ねたが、木桶職人の中川さんは木の話から伝統の話までわかりやすく語ってくださった。伺う話はとても柔軟で、守るだけの伝統ではなくつなげていくための伝統という話が何よりも印象に残った。


昔のコトやモノを守るのではなく、今の暮らしに合う形で継承する。それは、モノではなく先人たちの知恵を継承すること。それこそが大切と、中川さんは話す。おひつを使わなくなれば、そこにつまった“美味しく保存する”知恵は消えてしまう。桶を修繕・修理しながら使い続ける暮らしも、携わる職人たちも絶える。それならば、現代のライフスタイルに合うものへカタチを変えながら、先人たちの知恵を継承することが使命ではないか。米を一升炊く家庭は、もう少ない。ならば、3合や4合、テーブルサイズのおひつを作る。こうして、モノだけでなく技術や知恵を継承する。新しいことに取り組むことに迷いはなかったと、職人はまっすぐなまなざしで話す。伝えていくために挑戦すること、そしてそれを継続すること。それこそが伝統を継承するということなのだ。


炊きたてご飯のにおいに誘われ、思いがけず、作り手の想いに触れることができた。恵みあふれる稲田や、水辺へと続く景色に出会うこともできた。
季節の香りを追いもとめる旅は、まだはじまったばかり。

SPECIAL THANKS

▶中川木工芸 比良工房 ホームページ
▶針江のんきぃふぁーむ ホームページ

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