lisn to MUSIC

音楽と香り。それは日常にさまざまな形であふれているが、どちらも敏感に感じなければ深くふれあうことはできない。
しかし、ひとたび感じることができれば、心に潤いと活力をあたえてくれるもの。
音楽も香りもその感じ方は「聞く」と表現される。
感覚を研ぎすませて香りを感じること、心を大きく開いて音楽に耳をすますこと。
“Lisn to MUSIC”は、暮らしの中で「聞く」ことを大切にしているリスナーに向けたwebコラム。
リスンとアーティストが出会い、そこから生まれるストーリー。
第十二回のゲストは、木琴奏者の通崎睦美さんです。

世界でひとりの木琴奏者

2018.11.05

やわらかく、木のぬくもりがありながら、パリッとキレのよい音色。通崎 睦美さんは、クラシック音楽界では世界でたったひとりの木琴奏者。木琴から奏でられるエレガントな音色は、聞く人たちを心おだやかな気持ちにさせてくれる。





木琴はマリンバによく似ているが、ルーツをたどれば全く別の楽器。木琴はヨーロッパ、マリンバはアフリカを発祥の地とし、民族楽器として奏でられていた。やがて二者はそれぞれのルートで北米に伝わり、J.C.ディーガンの手によって調律されたことをきっかけに、かたちのよく似た楽器となったのだという。




マリンバと出会う

通崎さんが楽器に触れるようになったのは、お姉さんの通われていた音楽教室にマリンバが置いてあったから。「最初はハーモニカをやり始めたんですけれど、なんだかマリンバのほうがかっこいいなって」。こうして最初は木琴ではなくマリンバに出逢い、演奏を始めたのが5歳のころ。幼い頃から始めた音楽を本格的に続けようと思ったきっかけをたずねた。「中学校に入学して、管弦楽部に入部したんです。次の演奏会でやりますということで、音楽室に集まってベートーベン『交響曲第7番』のレコードの第一音を聞いたときに『こんなにすごい音楽が世の中にあるんだ!』って衝撃をうけて。その時初めてオーケストラの全パートが書いてあるスコアを見たんです。レコードだと重なって『ジャン』って一瞬の音になって聞こえるんだけど、スコアを見てみるとパート毎に綿密に書かれた音符が合わさって音になっているんだっていうのが分かったんです。構築された奥行きを感じた。それで、ずっと音楽を続けようって思いました」。

特別な木琴との再会

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2005年、当時マリンバを演奏していた通崎さんに、木琴奏者としての演奏依頼があった。この演奏が、通崎さんを世界でひとりの木琴奏者への道へと導く。「この楽器でしかできないというコンチェルトのソリストを頼まれて木琴をお借りしたんですよ。で、私がこの楽器に惚れ込んで」。用意された木琴は、「伝説の名木琴奏者」と呼ばれた平岡 養一さんが生前に愛用していた1935年、アメリカ製のもの。「実は、私が10歳の時に70歳の平岡さんと共演をしていたんですよ。平岡さんの木琴人生50年というツアーで、地元の合唱団として共演していて、そこで『マリンバが弾ける子がいる』っていうことで……」。10歳の頃、ステージ上で平岡さんとともに音楽を奏でた木琴。その木琴を今、通崎さんが譲り受け、生き生きとした音色を奏でている。引き寄せあって繋がるご縁が面白い。

感覚を大切に

通崎さんに身のまわりのことについて教えていただいた。大切な木琴をはじめ、コレクションしている大正から昭和初期のアンティーク着物、古い木造の長屋をリノベーションしたお気に入りの部屋。時代を経て木琴はマリンバへ、着物は洋服へ、木造は鉄筋コンクリートへと、主流がどんどん移り変わってきた。「古きよきものというくくりで、生活も趣味も仕事も好きな時代が一致しているんですよね。その時代のものをまた自分のやり方で、現代の人に見たり聞いたりしてもらって、伝えてゆきたいっていう気持ちがあるんです」。ひとつひとつ、ものとの向き合い方に丁寧さを感じさせる通崎さんのお話。こだわりの中のひとつに、「無香」というものもあげられるらしい。「洋服の洗剤なんかでもそうなんですけど、選んでいるようで選んでいない香りが世の中に充満している。香りでにおいを上書きするような、人が発している無意識の香りっていうのが多いなと思っていて」。「普段、無香にこだわっている分、友人が来るときなんかは少しお香を焚いたりとか。そういう楽しみ方はありますね」。そんな通崎さんがイメージされる生活の中にある香りは、町に息づく人々のくらしの匂いなのだという。「子どものころってまわりに職人さんが多かったから、家の匂いのついてる人が多かったですね。漆職人の子とか、友禅の蒸し屋さんの子とか。なんか匂いがするなあって意識するのは、町の匂いなんですよね。人が何か作っているとか、そこで生活しているっていう匂いが面白いんじゃないですか。その人たちがこの町を作っているんですからね」。




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読み解いて、聞き分けること

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クラシックを演奏する機会の多い通崎さんには、いつも心がけていることがある。「クラシック音楽は、楽譜を再現するので、自分の個性を出すのではなくてその曲とはなになのかをしっかり勉強して、いかにその曲らしく演奏するかを大切にしています」。どんな楽譜にも、その音の奥には作曲家の思いや意図がある。それを誠実に再現すれば自ずと演奏者の個性が現れる。
「何にでも、『聞き分け』っていうのがあると思うんですよ。いろんな要素をばらばらに聞けるかどうか。聞き分けられれば超一流の演奏を聞いた時にでも、うまさの秘密みたいなものがわかるんです。今の自分には技術的に難しくても、何が違うか、何を目指せばいいかっていうのが、具体的にわかるようになっていくんです」。



「楽しい」を伝える

ご自身が楽しいと思うものを共有し、それを楽しいと思ってもらうことができれば嬉しいと語ってくれた通崎さん。彼女のこんなエピソードが、心を和ませてくれた。「数年前、群馬県で演奏した時に地元の新聞の投稿欄に、私の演奏を聞いたら身体が軽くなってすごく気持ちよくなったと書いてくださった方があったんです。クラシックを楽しく聞いてもらう中で身体が気持ち良くなったとか、病気が治りそうとか、そういう風に言ってもらったらそれは最高だなと思って」。もともと人の生理から論理だって成り立ったクラシック音楽が、また身体に戻ってゆく。聞く人の中に気持ちよく響き、なんだか元気が湧いてくる。もしも自分が音楽家なら、こんなに嬉しいことはないだろう。

私たちの体の中にあるリズムに自然に溶け込んでゆくもの。それらをもっともっと、人の心を打つものに変えてゆくことはできないか。そんな風にして、音楽も香りの文化も育まれていったのではないか。
もともと音楽と香りのあり方は、とても似ているところから始まったのかもしれない。

場に流れ込んでくれば暗い部屋に明かりが灯るように、たちまち空気を変えてくれるもの。 聞き分けることによってより一層、深さを増していってくれるもの。

聞く人たちの中に、心地よく響いてゆく。きっとそういうものが、人の暮らしをより豊かにしていってくれるのだと思う。

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Artist Profile アーティストプロフィール

通崎 睦美

通崎 睦美

1967年京都市生まれ。京都市立芸術大学大学院音楽研究科修了。常に作曲や編曲の委嘱を活発に行い、独自のレパートリーを開拓。ピアノ、ヴァイオリン、アコーディオン、箏、リコーダーを始めとする様々な楽器やダンスとのデュオ、マリンバ・トリオ、室内楽やオーケストラとの共演など、多様な形態で演奏活動を行っている。また、2005年2月、東京フィルハーモニー交響楽団定期演奏会(指揮/井上道義)で、木琴の巨匠平岡養一氏が初演した紙恭輔「木琴協奏曲」(1944)を平岡氏の木琴で演奏したことをきっかけに、その木琴と約600点にのぼる楽譜やマレットを譲り受けた。以後、演奏・執筆活動を通して木琴の復権に力を注いでいる。2018年4月には、ニューヨーク州立大学オスウィゴ校の招きで渡米。当大学をはじめニューヨーク州郊外の各地でコンサートやマスタークラスを行った。また、2000年頃よりアンティーク着物の着こなしが話題となり、コレクションやライフスタイルが様々なメディアで紹介されている。CDに「1935」「スパイと踊子」他、著書に『天使突抜一丁目』(淡交社)、『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』(第二十四回吉田秀和賞、第三十六回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞、講談社)他。



【間近の公演】
■11/13(火) 『「今、甦る! 木琴デイズ」vol.10 木琴博覧会へようこそ』 @京都 京都文化博物館 別館ホール
【時間】OPEN 13:30/START 14:00
【料金】一般:4,000円(前売り:3,500円) 学生:2,000円(前売り:1,500円)
【問い合わせ】Tel:075-252-8255



【つぎの公演情報】

『「今、甦る! 木琴デイズ」vol.10 木琴博覧会へようこそ』
@京都 京都文化博物館 別館ホール

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[2018年11月13日(火)]