lisn to MUSIC

音楽と香り。それは日常にさまざまな形であふれているが、どちらも敏感に感じなければ深くふれあうことはできない。
しかし、ひとたび感じることができれば、心に潤いと活力をあたえてくれるもの。
音楽も香りもその感じ方は「聞く」と表現される。
感覚を研ぎすませて香りを感じること、心を大きく開いて音楽に耳をすますこと。
“Lisn to MUSIC”は、暮らしの中で「聞く」ことを大切にしているリスナーに向けたwebコラム。
リスンとアーティストが出会い、そこから生まれるストーリー。
第十一回のゲストは、バンドネオン奏者の大久保かおりさんです。

ものがたりの香ってくる音楽

2018.10.10

「『Beads』。古いビーズの中には、人の記憶や景色が残っているような気がして、ビーズの曲を書きました。記憶、噴水、窓、広場、店、香水瓶、小さな劇場、色、ガラス、木、光、残像、女、読みかけの本、ビーズ」。 ライブを見に行った日、大久保さんの演奏はそんな言葉から始まった。言葉の後、すぐに聞かせてくれた「Beads」という曲。音の広がりに連鎖するように、頭の中には次々にイメージが流れてくる。光の中に透かした古いガラスのビーズの向こう側に石畳とレンガの街の中を断続的に切り抜けていくような、自分ではない誰かが何年もかけて大切に留めてきた記憶の中の風景。こんなふうに、聞いた音から色も輪郭もはっきりとした映像が流れてくるのは初めてで、思わずバンドネオンの音に聞き入った。会場はひっそりと佇む京町家。秋の風とバンドネオンの音色。開け放した窓から時折聞こえる車のエンジンの音が遠く遠く感じて、なにか特別な秘密の場所に招待されたような気持ちにさせてくれる。

section1_go.jpg

23年前に見たフランス映画

大久保さんはバンドネオンに出会う前、数々の楽器を経て笙を演奏していた。「笙の音は他の楽器とは違う種類の感じ方をしたんですよね。耳じゃなくて、皮膚に来るというか。触覚で感じるみたいな音で、自分にとってはすごく新しくて珍しくて興味深くて今日だけで終わるのが嫌で、その音に浸りたい触りたいと思っちゃったんです」。そんな頃、23年前に見たフランス映画の中で男性が路上演奏していた楽器。ほんの一瞬のシーンの中で聞いた楽器の音色が与えてくれる印象は笙の音色に出会った時の衝撃に似ていて、この楽器は一体なんだろう?!と楽器のことを知りたくてドキドキ胸が高鳴った。後日手に入れた映画のサウンドトラックの裏には「バンドネオン」という楽器の名前が刻まれていた。「インターネットのない時代だったので、まずアコーディオン屋さんに駆け込んで、バンドネオン見ちゃったんですけど、そんなのないですか?って聞いたら『絶滅危惧種だからやめといたほうがいい』って大笑いされちゃって。『アコーディオンにしなよ』なんて言われたもんだから、もういいや、帰ります。って言ったら『そんなに言うなら触ってみる?』ってことになって」。おじさんが店の奥から持ってきてくれたのは、修理で預かっていた一台のバンドネオン。初めて奏でたバンドネオンの音色は、一音一音が「触感的」に肌を撫で、漢詩が流れてくるような佇まいで、まさに笙と同じ空気をまとい、生きているような雰囲気を備えていた。




象牙と貝でできた音階のボタンは右に38、左に33、規則なくついていて、ひとつのボタンでも空気を吸う時と吐く時とで違う音が出る。「アコーディオンは楽器を演奏している感じだと思うんですけど、バンドネオンはでっかい芋虫みたいな動きで、大きな芋虫と秘密の暗号で会話しているみたいな感じがしたんです」。その後、持ち主が持っていたもう一台のバンドネオンを譲ってもらうことになった。

見える音

イラストレーターとしても活躍する大久保さんは、ご自身の作り出すものをこんな風に説明してくれた。「絵は音が聞こえるような絵を描きたいなと思いますし、音は映像が見えるようなものをやりたいなと思っています」。絵も曲も自分の中にあるものを表現する。演奏してくれる仲間に曲のイメージを絵に描いて共有することもあるのだという。自分の中にあるものを音として具現化してくれる仲間と演奏できる嬉しさもあるし、表現する人によってそれが変わってゆくのも面白い。ひとりで知らないところへ旅に出かけるのが好きだという大久保さんの生み出す音楽は「ここじゃないどこか」だったり「今じゃないとき」を表現していることが多い。楽器からいろんな登場人物が出てくるように演奏しているという大久保さんの音楽からは、大久保さんが思い描いている情景の色や温度が香ってくる。

section3_go.jpg

音と香り

イメージを音楽に落とし込むのがとても上手な大久保さんに香りに対して持つ印象を聞くと、二者の似ているところは「存在の曖昧さ」ではないかと教えてくれた。「言葉でうまく言えないけど、例えばふっと香りがしたときにモロッコの市場の中を歩いているようなイメージで、黒い男の子がミントティーをシューっと入れてくれるみたいな映像に結びついたり」。音も香りも重なりのある曖昧な表現だからこそ、現実には目の前にないものがそこにあるかのようにイメージされる。香りが重なりあってできていくことの面白さは、バンドネオンで音を重ねる面白さにとても似ているのだという。旅が好きだという大久保さんにご紹介したのは、世界の裏路地をテーマにしたインセンスシリーズ「ONE DAY」の香りたち。京都を舞台にした#279 UMEMIは、大久保さんがバンドネオンに対して持っているイメージに近いのだそう。「『奥に何かありますか?』みたいなすごく重層的な感じがして、一つの幕があってそこに何かが写っていたとしたら、めくってもめくっても何かあって、奥に何があるのか見たくて。でも最後の結末はとっておきたいです。『見たい』っていう気持ちを味わいたい。京都ってそういう場所でもありますもんね」。

section4_go.jpg

「聞く」こと

section5_go.jpg

「動物や空間でも同じなんですけど、例えば人に会った時に実際に目で見えたり声で聞こえることじゃなくて、背中だったり手だったりに漂っているものがあるじゃないですか。それって音楽にすごく似ていると思うんですよね。そういうものをキャッチすることって、私の中では『聞く』っていう感じがするんです」。

何かと向き合うとき、そこから声や音ではない何かが聞こえてくるように思う。だからいろんな人に出会いたいし、いろんなものを見たい。大久保さんの考え方は大久保さんが奏でる音楽ととてもよく似ていた。目の前になくてもその場に流れてくる何かを感じとること。大久保さんのいう「聞く」感覚を大切にできれば、ものごとの楽しみ方はどんどん深まってゆくのだろう。








------------------------------------

《インストアライブを開催いたしました》

2018年の新作インセンスシリーズ「THE CHORD OF SCENTS」より
音の重なりにちなんだライブを開催いたしました。
お店の中で香りと音楽が一つになってゆく瞬間を肌で感じていただけるようなライブになりました。
ライブレポートをご覧ください。

Lisn NEWS▶︎THE CHORD OF SCENTS release live 開催レポート

------------------------------------










Artist Profile アーティストプロフィール

大久保 かおり

大久保 かおり

バンドネオン奏者大久保かおり  東京在住
バンドネオンでありながらタンゴにこだわらずジャズミュージシャンとの共演も多い。
1995年バンドネオンに出会い岡本昭氏に師事。
それ以前は笙(しょう)の奏者としてオリジナル曲中心に活動。
自身リーダー【音が空想する知らない時空を旅する楽隊 bando-band】は
大久保の描きたい世界を音にするバンド 結成11年目。
2017年からはviolinをゲストに迎え、TANGOに取り組んでいる。
物語を紡ぐような、絵本の中に入るような…大久保かおりの世界。
bando-bandの活動を進める一方でソロやデュオでも
いろいろな建物、場、と音で関わることに取り組んでいる。
2009年 全オリジナル9曲入CD「bando-band 1st」リリース。
2018年7月末、初のソロアルバム発売。
イラストレーターでもある
website▶︎http://www.kaoneon.com/


大久保 かおり「bandoneon SOLO Kaori Okubo 2018」

大久保 かおり「bandoneon SOLO Kaori Okubo 2018」 [2018/7/19]