lisn to MUSIC

音楽と香り。それは日常にさまざまな形であふれているが、どちらも敏感に感じなければ深くふれあうことはできない。
しかし、ひとたび感じることができれば、心に潤いと活力をあたえてくれるもの。
音楽も香りもその感じ方は「聞く」と表現される。
感覚を研ぎすませて香りを感じること、心を大きく開いて音楽に耳をすますこと。
“Lisn to MUSIC”は、暮らしの中で「聞く」ことを大切にしているリスナーに向けたwebコラム。
リスンとアーティストが出会い、そこから生まれるストーリー。
第五回のゲストは、小瀬村晶さんです。

そっと居場所を与えてくれる、音楽のかたち

2015.11.27

作曲家 小瀬村晶

風に吹かれて落ち葉が舞うような、子どもたちのひみつの会話のような、日常の中から聞こえてくる“音”。彼の音楽は日々に輝く音のかけらが集まってできたよう。流れるように穏やかなピアノの旋律はそっと隣りに寄りそう存在。そんな音楽を生み出す小瀬村晶さんのことばと音楽に耳を傾けます。
小瀬村さんは作曲家で音楽プロデューサー。オリジナルアルバムを発表するほか、舞台や映画音楽、CM音楽を手がけている。「ピアノは3歳の頃から始めました。自分でやりたいって言ったみたいで。でも、先生が厳しくてきらいな時期もあったんです」。物静かな面持ちでそう話す彼の姿。穏やかで繊細な雰囲気が彼のピアノと重なる。先生が変わったことをきっかけに“習う”ことを終え、大学時代からは作曲活動を始めた。「大学の頃にはソフトウェアやネットも発達していて、作曲やレコーディングも簡単になっていました。ピアノを弾くことがおもしろくなってきた時期でもありました」。2007年にファーストアルバム「It's On Everything」でデビュー後、自主レーベルを設立。ファーストアルバムは、街の音や人々の声が楽曲に自然ととけ込んでいることが印象的な作品だ。

輝く音のかけらたち

「大学3年生の頃、突然体調を崩してしまった時期があって、学校へも行けずに何もできない日々が続いたんです。近くの公園で時間を過ごすことが多くなって。街の音や鳥の声、木々の揺れる音を録音したりしてました。その音が意外とおもしろいことに気づいたんですよね。それまでサラウンドだった音が、スピーカーから聞くとステレオになる、みたいな。ただ聞こえていた音が“音楽になった”、そんな感覚でした」。

それまでは楽器を演奏することや、メロディを作ることが音楽だと思っていた。でも、木々の揺れる音、人々のわらい声、何気ない日常の音が音楽になる、そう気づいたという。録音した音に、ピアノやシンセサイザーの調べをのせると、ここちよいハーモニーが生まれた。そうして始まった作曲。映画の音を編集しているような感覚で作っていたと小瀬村さんは話す。

「最初は仕事にするというよりは、フィールドレコーディングという、まだごく少数の人にしか認知されていない音楽を発信しようとしていたんです。でも、ネットを通じて少しずつ注目してくれる人も増えてきて、趣味の範囲で終わらせてはいけないなと思いCDの発売へ向けて動き出しました」。彼自身、この時に作った音楽に癒されていたという。リハビリになったのかも、と笑顔で当時を振り返る。

ある種アバンギャルドな作品は販路も想像がつかなかった。だが、彼が生み出した曲たちは、たしかに歩み始めた。日々の生活に癒しをそえる音楽として、広く世間に知られていったのだ。「意図して作ったものではなかったので驚きましたが、自分自身が聞いていてここちよいものを作ったことで、そのシンパシーが届くべき人たちの元へ届いたのかな、とモチベーションになりました」。そして、彼自身のための音楽は、耳を傾ける多くの人々の心へ波紋を広げていった。

全ての人の誰かのために……

『For』と名づけられた作品が発売される。フラワーアーティスト・篠崎恵美さん写真家・新田君彦さんとのコラボレーション作品だ。「誰かのために」つくる音楽、それがテーマ。お花と音楽とで作り上げる作品なら映像が良いのでは、と三者がお互いにディレクションしながらできあがった。「新田さん(写真家)が映像作品を撮られるのは初めてだったのですが、挑戦してくださったのが、とても良かったと思っています。映像と音楽とを相互的に表現したかったので、たくさんディスカッションを重ねることで、どちらか一方に偏ることなく制作できました。映像を音楽に合わせようとするとミュージックビデオ的な映像になってしまうし、音楽を映像に合わせようとするとサウンドトラック的な音楽になってしまう、でも、そのどちらでもないものを表現したかった。ありきたりな表現にならないようにと気を使いました」。



“花を贈る”をコンセプトに9つのシーンと音楽で構成された作品。誰かのために、ではあるが、それがいったい誰なのかは表現されていない。すべての人にとっての誰かへ……そんな思いが込められている。私生活ではお子さんの誕生もあったという。誰かのために作る音楽、彼にとって新しい作曲の境地へと歩を進める作品ではないだろうか。

音楽の可能性を世界で

映画を観ることと映画音楽を聞くことが好きという小瀬村さん。「聞く」ということについて伺った。「寝る前も、朝起きてからも、仕事中も、実は一日中音楽を聞いています。もう今では呼吸をしているのと同じような感じですね。少し耳を休めないと、とは思っているんですが……」。20世紀は映像の時代、その中でも映画は総合芸術、音楽もその発展とともに育ってきたと彼は語る。「音楽を聞くだけで、その映画を思い浮かべられるってすごくおもしろいですよね。クラシックなどスタイルが確立されているものとは違って、映画音楽はその映像に合っていればどんな音楽でも正解になる。一番おもしろくて、挑戦できるなと思っています」。勉強の意味でもたくさんの映画音楽を聞くという。映画音楽の可能性を語る彼はとても楽しそうだ。「音楽のいいところは、言葉が通じなくても地球上どこででも挑戦できること。日本以外の場所や人たちへ、どんなふうに可能性を発揮できるか試してみたいですね」。

奏でるだけでなく、生み出し、プロデュースしていくという形で音楽に携わる彼。ある日突然、それまであった日常が断ち切られた時 、“聞く”ことから始まった作曲活動。自分自身のため、仕事として、そして誰かのために……曲が生まれた動機こそ違っていても、彼の制作する音楽には私たちが心のどこかで求めている、音のかけらがちりばめられている。共感、といってしまえば簡単だが、言葉では表しきれない、一人ひとりに居場所をそっと与えてくれる音楽。
日常生活になくても困らないもの。それは音楽も香りも同じ。でも、いつでもそこにいてくれて、求めれば寄りそい、受け止めてくれる。そんな音楽のカタチをみつけられた今回の出会い。『For』に込められた音と花々の姿。彼らからの贈り物に、私たちは満ち足りた時間を過ごすこととなるのだろう。

Artist Profile アーティストプロフィール

小瀬村 晶

小瀬村 晶

85年生まれ、東京出身の作曲家・音楽プロデューサー。
07年「It's On Everything」でデビュー。同年、音楽レーベル「SCHOLE」を設立。
12年にコンテンポラリーバレエ公演「MANON」(演出/振付:キミホ・ハルバート)の音楽、14年に映画「最後の命」(監督:松本准平 主演:柳楽優弥)の音楽、15年にはミラノ万博(ミラノ国際博覧会)の日本館展示作品「ライブパフォーマンスシアター」(制作:ライゾマティクス)の音楽を担当。やなぎなぎへの楽曲提供や、ファイナルファンタジー楽曲のリアレンジワーク、au 三太郎シリーズ、blendy 挽きたてカフェオレといった話題のCM音楽を手掛け、IKEA、NIKON Asia、KINFOLK、RADO Switzerlandなど国際企業とのコラボレーションも多数。
これまでに五枚のオリジナルアルバムを発表し、米国最重要音楽メディア「Pitchfork」、豪州最大規模の発行部数を誇る新聞紙「THE AGE」にてその才能を賞賛されるなど、国内外に活躍の場を広げている。

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▶︎NEW RELEASE
『For』2015.11.25 on sale
小瀬村晶(作曲家)、篠崎恵美(フラワーアーティスト)、新田君彦(写真家) によるコラボレーション作品

For

For [2015.11.25]