lisn to MUSIC

音楽と香り。それは日常にさまざまな形であふれているが、どちらも敏感に感じなければ深くふれあうことはできない。
しかし、ひとたび感じることができれば、心に潤いと活力をあたえてくれるもの。
音楽はもちろんのこと、香りもその感じ方は「聞く」と表現されることがある。
感覚を研ぎすませて香りを感じること、心を大きく開いて音楽に耳をすますこと。
“Lisn to MUSIC”は、暮らしの中で「聞く」ことを大切にしているリスナーに向けたwebコラム。
リスンとアーティストが出会い、そこから生まれるストーリー。
第十四回のゲストは、ヴァイオリニストの柳原 史佳さんです。

音楽と、織りなす世界

2022.07.25

ヴァイオリニスト 柳原 史佳

ototoorinasusekai-1.JPG スラリと繊細なシルエットから紡がれる、力強くて、それでいて優しさと温もりを感じる音色。
耳で聞いているはずなのに、音が全身から染み込んで身体の中で幾度も響きながら共鳴しているのを感じた。 そして目を閉じて、その波に身を任せる。そうか、音楽はこうやって聞くんだったと思い出した瞬間だ。

日差し夏めくある日、ふわりと待ち合わせに現れたのは、ヴァイオリニストの柳原 史佳(やなぎはらあやか)さん。豊かで瑞々しい感性を音楽にのせて表現する、彼女の言葉に耳をかたむけた。

自然に囲まれた兵庫県三田市で生まれ育ったという柳原さん。彼女の放つ音のしなやかな伸びは、そんな豊かな地で育まれたのだろうかと想像を膨らませる。
穏やかで温かいまろやかさを持ちながら、芯の強さを感じさせる彼女の感性に触れた時、すぐに心を掴まれてしまった。

9歳でヴァイオリンの音色に出会い、習い始めたという彼女。
「やってみるとあんまり年齢は関係なくて、どれだけ熱中するか、熱量をもてるかどうかな気がします」と話してくれた。中学生の頃に情熱的でパワフルな師に巡り合ったのがきっかけで、さらにヴァイオリンにのめり込むように。「家族の中にも音楽家はいないという環境の中でここまでやってこれたのは、熱量を持ち続けたからこそだと思う」と静かに語る。

香りをまとって

舞台に出る前などは、ミントが入ったハーブ系の決まった香りでスイッチを入れる。またオイルやお香、ルームスプレーなど様々なアイテムで香りを楽しんでいるという柳原さん。「香りの影響はすごく大きなもので、それこそ気分が沈んでいる時は元気をくれそうな柑橘系の香りを嗅いで気分を高めたり」匂いには、本能に直接訴えかけてくるような力を感じるそう。



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草が生えてきたときの香り、雑草や稲を刈って燃やすときの香りを嗅ぐと、緑豊かな場所で過ごした幼少期を思い出して懐かしさが込み上げてくる。そして過去に訪れた様々な国の独特な香りから思い出される、現地の人々の優しさや温もり。ふとした瞬間、香りによってそうした記憶の断片が溢れてくることはよくあることだという。それらひとつひとつ全てが、柳原さんが表現する音楽の一部となっているのだろうか。

対話をすること

柳原さんにとって"音楽"とは心の栄養にもなり、時には触れたくない、逃げ出したいとネガティブな感情を抱くことにもなる。「でも、やっぱり豊かにしてくれるなって思います」と、柔らかな笑顔で言葉を繋いでゆく。そんな彼女が奏でる音をぜひ聞いていただきたい。





もともと人前で演奏することは好きではなくて、緊張してしまって怖いと思っていたという彼女。「聞いてくださっている方が完璧を求めているわけじゃなくて、その場の空間とか全てを含めて楽しみに来てくださっているんだなって思うようになってから、人前で弾くことがすごく好きになって」今ではコンサートで演奏することに幸せを感じられるという。



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ヴァイオリンを静かにかまえる柳原さん。彼女が弓をひいたその瞬間、自分の身体が奏でられている音楽と一つになったような不思議な感覚が生まれ、たちまち心が震えた。よく知っているはずの空間が、語りかけるように流れる、エルガーの『Salut d'amour-愛の挨拶-』に支配され、全く知らないところにいるかのような錯覚を覚える。目には見えない力が満ちていくような、なんとも言えない感覚だ。



心を澄まして

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「"聞く"といっても、いろんな"聞く"があって」練習している時、演奏している時、音楽を聞いて楽しむ時と、全く違うという柳原さん。
練習の時は、自身のフィルターをできる限り無くして"聞く"ということを念入りに行うのだそうで「熱中している時は、メディテーションのような感覚になることもあって、そんな時は終わった後に、すっきりと穏やかな気持ちになる」と、とても豊かな時間として感じることもあるそうだ。

人前で演奏する時は、「同じ曲でも、会場やお客様の雰囲気によって弾き方も変わっている」。自身の紡ぐ音楽がどのように受け取られているか、その表情を見たりするのも好きで「演奏者と聞いてくださる方と、対等な立場でいたくて。お互いが影響しあってその場ができあがると思うので」同じ時間、同じ空間を楽しむような、幸せを共有するイメージで演奏している。
奏でる自身の音楽だけではなくて、お客様を含めたその空間に心を傾けることも、柳原さんにとって"聞く"ということなのだ。



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「聞いてくれる方がいなかったら成り立たないので」と優しく語る彼女。一方的に音を奏でるのでも、機械的にそれを受け取るのでもない。自身の様々な経験を通して育んできた、豊かで瑞々しい感性から音を紡ぐ。そしてそれを受け取った人々の表情や空気感、その場所が持つ色を、さらに重ねて織り込んでゆく。そうして作り上げられる世界は、温かさと幸せに満ちた、彼女にしか創造しえない特別なものだ。




眩しい陽の光と頬に触れる風の温もり、鼻をくすぐる緑の香り。その全てが共鳴する夏の音にそっと身をゆだねていると、柳原さんの優しさに溢れてそれでいて力強い眼差しを思い出す。彼女の奏でる音と作り出される空間にすっかり魅了されてしまったようだ。


Artist Profile アーティストプロフィール

柳原 史佳

柳原 史佳

兵庫県三田市出身。9歳よりヴァイオリンを始める。
相愛高校音楽科を経て京都市立芸術大学音楽学部弦楽専攻卒業。
第67回全日本学生音楽コンクール大阪大会入賞。
第7回ベーテン音楽コンクール全国第3位。
コブレンツ音楽セミナー、RMIW、ウィーン国立音楽大学マスタークラスでディプロマを取得。
これまでにヴァイオリンを佐藤紀子、菊池佳奈子、曽我部千恵子、四方恭子に、ヴィオラを山本由美子に、室内楽を池川章子、上森祥平に師事。
またTomasz Tomaszewski、Leonid Sorokovの元で研鑽を積む。
現在Sony Music主催のSTAND UP! ORCHESTRA、OHAKOに所属。
卓球Tリーグや日米野球のオープニング演奏を行うほか、NHKの音楽番組「うたコン」などのTV出演、Cartierのイベントで演奏するなど関西を中心に全国各地で演奏している。映画「蜜蜂と遠雷」にも出演。
また音楽で培った表現力を生かし、モデルとしても活動している。

【柳原 史佳さん 公演情報】

20220807_koushoku.jpeg 2022.8.7 行色

20220917_STRING-QUARTET.jpeg 2022.9.17 STRING QUARTET