温かみある暮らしの香りぬくもりの家具を訪ねて
2015.09.15
秋のはじまり
私たちの暮らしを温かく包み込む木のぬくもり。道具や家具、そして家。ふれるとそこには、植物の持つあたたかみだけではなく、生み出されることに携わった人の手のぬくもりが感じられる。少し風が冷たくなってきた秋のはじまり。木のぬくもりをもとめて初秋の旅へ。
暮らす事を大切に
質美は京都府京丹波町にある小さな集落。稲穂が少しずつ金色に近づき穂を垂れ始めている。山の谷間にあるちいさな家具店で迎えてくれたのは、上田さんご夫婦と愛犬フルール。質美に移り住んで9年。大輔さんと亜紀さんふたりで家具店を営んでいる。「質が美しいと書いて質美、という地名と景観が気に入って越してきたんです。フルールも家族に加わり、彼女がこの土地を気に入ってくれたことで、もっと好きになりました。自分たちには田舎というものがなかったということもあって、ここが色々な人にとって“帰って来る場所”としてありたいと今は思っています」。家具作りのためこの地へ移り住んできたが、今ではこの地で“暮らす”ということがわかってきたという。「周りの人は働きながら田んぼを育てたり、猟をしたり、消防団に入ったり。そこで、自分たちは木工しかできないってことに気づいたんです。それってこの地ではちょっとカッコ悪いなって。だからお米の作り方や猟の仕方など、ここで暮らしていくことを教えていただいた。家具以外の選択肢もあるなって(笑)。でも、今では周りの人たちにも木のことをわかってもらえて、自分たちにできる木工がやっぱり強みだなって、そういうことを改めて再認識できました」。質美の良さを大輔さんはそう話してくれた。
無垢の木のぬくもり
住む中で家を作りあげ、暮らしも仕事もリニューアルしたという。製作から納品まですべてを行っているので、全部が暮らし、全部が仕事、というお二人。苦手な工程はお互い補いながら、ふたりで一つのものを作り上げる。ムク材を使い金属のネジや釘は使わず木組みにこだわり作られる家具たち。無垢材は長持ちして、使うごとに風合いが増す。彼らの住宅兼アトリエに置かれている家具は、どれも使い込まれたなめらかさと輝きがある。使う人の空間を生かす家具を的確に提案したい、家具を置くための家や空間になってほしくない、そう話すふたり。彼らの家具は使う人や空間との相性を考えながらのオーダーメイド。「大量に作らないわけではなくて、心無いものを作りたくないんです。無垢材や木組みをという技術を用いることに意味のある家具を作って、提案していきたいな、と。いまの生活にあった家具づくりに昔からの技術を使うことに情熱をもやしたいですね」。
誰かのいいなにつながること
とてもシンプルで線の美しい家具たち。計算された角度で木が組まれ、無駄な装飾がない。直線的でありながら柔らかい、暮らしに溶け込む形ばかりで手触りがいい。最初はお客さんの要望から始まり、それが定番商品になっていく。「一つの家具を、作り終えた時ではなく、それが誰かの“いいな”になって、次の人につながった時、ひと段落かな。そこまでが一つの生産だと思います」。
ぬくもりの家具と過ごす暮らし
彼らが9年前に作ったベビーベッド。生まれた子供が一番最初に使う家具だから、良いものを……そんな思いから生まれた一つのベッドは一年ごとに次の新しい命のもとへとつながり、今年で10人目のもとへ届けられるという。赤ちゃんの間にしか使われないベッド。その都度、新しいものが作られるのではなく、一つの良いものを受け継ぎ使うこと。お二人はこれからの願いを話してくれた。「今私たちの手で届けることができるけれど、いずれは次の世代の人たちにつなげていけたら。ライフワークとなっていくかもしれませんね」。
ほのかな木材の匂いに包まれた作業場。夕方はもう肌寒いくらいだ。ぬくもりの木のある生活。触れることであたたかな気持ちになれる家具たち。秋のはじまりに、そんな彼らの心のこもった家具に出会えた。木のぬくもりを感じながら、秋を迎え、そのさまざまな気配に心をとめたい。