Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

夏の風が奏でる音色風の香りをまとう風鈴

2017.07.01

夏の風景

ぎらぎらと照りつける昼間の日差し。

コンクリートの熱を冷ますかのように通り過ぎる夕立。
濡れた草木のあいだを通り抜け、夏の香りを運んで来た風が、窓ぎわの風鈴を鳴らす。
涼しげな音色に、ふと目を閉じて束の間の涼を感じる。

—日本の夏の風景だ。

風鈴の音色は、古くから日本の夏の暮らしのそばにそっと安らぎを添えてきた。
カランカランと可愛らしい音の鳴る、ガラスの風鈴。
リーンリーンと美しい音の響く、金ものの風鈴。
うだる暑さの中、涼しい風が吹き抜けると、街のあちこちから美しい響きが聞こえてくる。
そんな中に、ひときわ気になる風鈴があった。
火箸を4本吊り下げたような風鈴だ。
風にゆらぎ、火箸が小さく重なり合うと、音楽のように重なりのある音色が響く。
この音色をつくる人たちは、一体どんな人たちなのだろう……。



明珍本舗の火箸風鈴

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風鈴の響きを探してやってきたのは、兵庫県姫路市。姫路城から車で北へ10分ほど走ると、カンカンと鎚音が聞こえてきた。工房の入口には、「明珍火箸本舗」という看板がかかっている。今回案内してくださるのは、明珍本舗 明珍敬三さん。52代目当主 明珍宗理さんの息子さんにあたる方だ。にこやかに迎え入れてくださった工房では、朝から行なわれている火造りの作業が続いていた。めらめらと燃え盛るコークスの中で熱された鉄の赤が、鮮やかに目に焼き付く。うっすらと漂う鉄の匂いは、公園でブランコに乗った帰り道や、放課後友人たちとこっそりつくった秘密基地の道具を思わせるような、どこか懐かしく優しい匂いで、記憶の中を旅しているような気がしてくる。




「明珍」という名前

「明珍というのは本名なんです。今から約850年前に近衛天皇に鎧を献上したときに、その鉄のふれあう音が明るく珍しいということで『明珍』と、名前を賜りました」。甲冑師の家系として栄えた明珍家だが、世の中の需要が変わる度に、甲冑は火箸へ、火箸は風鈴へとその姿を変え、大切な伝統の技を守り抜いてきた。戦争が終わり、人々の生活様式がめまぐるしく変化していく中、なんとか時代に似合うものをつくることはできないか。火箸風鈴は、当時仕事を始めたばかりだった当主のそんな思いが生み出したアイディアだった。今からおよそ50年も前のことだという。当時その風鈴を目の当たりにした人たちは、きっとその斬新さに驚いたに違いない。




美しい音色

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窓ぎわに、幾つも風鈴が連なっている。 「手間をかける度に音が変わってゆきます。素材は一緒でも、技によって音を変えてゆくんです」。昔ながらの軟鉄でできたもの、硬くて不純物の少ないピアノ線材をつかったもの、錆に強いチタン製のもの。火箸が四角いものや丸いもの。4本の火箸がふれあうと、夏の小径で見つけた音色の記憶がよみがえる。その音色は手をかけて作られたものほど厚みを増し、まるで虹のようにふくらみのある豊かな表情を見せる。短冊には、「只清風の到るを許す」という文字が刻まれている。これは「(この風鈴は)清らかな風が吹いたときにしか鳴らない」という意味。まさに、そんな表現がぴったりとくる音色だ。




ともに生きる道具と作業風景

作業は朝から晩まで続く。鉄をたたき続ける鎚は、素材の当たる部分だけ狙ったように白く輝いていて、打っている間にも、火箸が響きを増してゆくのがわかる。作業中の当主にお話をうかがった。「時代が変われば、生活様式が変わってくるからね。新しいことを生み出さんことには、技術を伝えるっていうのは大変なことやから。ええ方と巡り会って勉強させてもらったりしながら、自分にプラスになるように捉えて新しいことにチャレンジできたらと思っています」。


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旅する音色

冗談まじりに笑いながら「広告が苦手で」と教えてくださった敬三さんだが、その技術と品質の高さ、音色のすばらしさは、人と人とを通じて世界中に広がっている。火箸風鈴の音色に、世界中の様々な業界から注目が集まる中、世界的時計メーカーSEIKOからある依頼があった。文字盤が見えない環境でも、音の鳴り方で時刻を知らせる腕時計のその「音」に、明珍火箸の響きを採用したいという依頼だったのだ。「マリーアントワネットが牢獄にいた時の腕時計がモチーフで、世界で一番難しいと言われている仕組みの腕時計なんです。それをSEIKOさんが、余韻のある日本の音色で世界発表したいと」。前例のない新しいチャレンジには、試行錯誤の4年を費やした。ついに完成した時計には当主が鍛えた鋼のゴングが収められている。その音色は、火箸風鈴の響きそのものだという。


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時代と歩幅を合わせるように

伝統は時代の変化の中に埋もれていくのではない。新しい時代が、伝統に新しい姿を与えてくれるのではないか。 終始とても穏やかにお話しくださる姿が印象的だった敬三さんだが、鍛冶屋の仕事にはとても苦しい時期もあった。「でもほんのちょっとしんどいときに、この火箸の音に救われたんです。『ああ〜綺麗な音やなあ』ってね。夜中まで働いて、たまに外の風が入ってきて風鈴が鳴るでしょう。そういう、きれいな音にちょっと心が休まったというかね。だから、人それぞれ楽しいことがあったり悲しいことがあったり悩んだりするときに、心の支えになる音が作れれば。今はそういう思いで作ってるんです」。



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帰路につく頃、昼間に降っていた雨も止み、夏の香りを乗せた雨上がりの風が火箸風鈴を揺らしていた。陽が落ちてきた夕方の空気を震わせながら、リーンリーンとどこまでも広がる音に、心が静かになる。世界中どこの土地に行ってもふるさとの風が奏でるその音色は、これからも世界中の人たちの心に響くことだろう。





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