Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

凛と輝く光と空気紙に託す思いと美しさ

2014.12.15

年末の空気

ことはじめ。
12月13日は正月を迎えるための準備を始める日。この日から大晦日にかけて、正月を迎えるために掃除をしたり障子や襖を張り替えたりと忙しくなる。年末年始は日本の文化に触れる機会が多くなりなんだかうれしく、晴れ晴れしい気持ちだ。
せわしなくも華やいだこの空気感は、この時期にしか味わえない特別なもののように感じはしないだろうか。

光のうつろい

見る角度によって輝き方が変わり、今まで見えていなかった模様が現れる、襖。
朝から夜へ、そして季節のうつろい、少しの光の加減によってその表情は刻々と変わる。日本家屋、神社仏閣には古くから襖が間仕切り、そして装飾として使われてきた。しかしふと思う。ここ何年も襖や障子のない家に暮らしている。畳や襖のある空間はなんだか気持ちが正されるような、そんな感覚すら持ってしまう。だが、長年日本人が大切にしてきた文化なのだ。今年の年末には、襖のことを知ってみよう、そう思い立ちある紙の職人をたずねた。
襖には唐紙(からかみ※1)と呼ばれる加工された和紙が使われている。「具引き」という胡粉(貝の粉)を塗る行程を経た和紙に、雲母(キラ※2)混ぜた絵の具を塗った版木(はんぎ※3)から文様を摺りうつしていく。紙の上から手の平で優しく摺られた文様には「たらし込み」と呼ばれる絵の具のほどよい流れと雲母の独特なきらめきが見える。

野田版画工房は滋賀県東近江にある工房だ。南天や柊が植えられた小庭をぬけ工房へとむかう。するとはっと目を奪われるような彼らの作品に出迎えられた。浅葱色で摺られた地文様に、ゴールドとシルバーの大きくおおらかな模様が施された本襖。傾く日差しに照らされ美しく輝く。作業場には一転、白を背景にモダンな柄が摺られた襖。女性の姿を模したデザインの壁紙もある。伝統文様の襖を想像していたが、その印象はがらっと変わってしまった。こうした伝統文様だけにとどまらない姿の襖を、暮らしに取り入れている人々が増えているという。

ふたりの表現

浅葱色が好きな色、と職人の野田拓真さんが教えてくれた。彼は唐紙の伝統を学び独立した。伝統的な型を踏襲するだけにとどまらず、唐紙の魅力を存分に取り入れて自分たちが良いと思うものを、一つの作品として残していきたいと語る。拓真さんは染めから、摺り、版木の制作、妻であり共に制作活動を行う藍子さんは版木の制作やそのデザインを手がけ、紙の上で自由にふたりの表現を繰り広げる。
彼らの作る紙は襖や屏風、壁紙として人々の暮らす空間に残る。その暮らしの一部となる紙を舞台に、自分たちの作品を描かせてもらっているのだという。現代の生活にあったスタイルで襖が、また彼らのデザインが暮らしに寄り添うように。作家としての感覚を研ぎすませる部分と、仕事としての思考、その両者を作品に生かしていく。

つづく美しさ

「美しさはずっと残るんです。」拓真さんから聞いたこの言葉は今回の旅のなかで最も印象に残っている。
具引きされた紙は日焼けなどにも強く、この先何十年も何百年も残るかもしれないという。名は残っていなくとも、紙を作る職人や建具職人、様々な職人たちの手を経た紙、襖の美しさは実際に今でも残っている。野田さんたちが我々の生活の場に送り出した作品たちは、まだ生を受けて間もないものが多い。これから人々の暮らしに寄り添い長い歴史を作っていくのだ。年末の張り替えはまだまだ先になりそうだ。
古くから大切にされてきた襖の美しさがこれから先、長い時間を経ても残り続けていくことに想いを馳せる。
工房を出ると年末の凛とした冷たい空気が張りつめていた。



SPECIAL THANKS

▶野田版画工房ホームページ

※1唐紙(からかみ)
…奈良時代に中国(唐)より伝わった紙の一種で、文様などを摺って加工したもののこと。版木から文様を摺る。古くから襖や衝立に使われ、転じて襖そのものを指すこともある。
※2雲母(きら)
…花崗岩の中にできる結晶。独特の光沢がある。
※3版木(はんぎ)
…文字や絵、文様を反対向きに彫った板で、木版画、木版印刷に使われる。浮世絵で使われることで有名。

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