ひと綯いにこめられた、手仕事への思い穏やかな稲藁の香りに包まれて
2015.12.15
新たな一年を前に
年末が近づき、新しい一年を迎える準備に、日本人が暮らしの中で培ってきた “習わし”を知る。歳神様を迎える場所を掃除して、門松やしめ飾りを飾る。おせち料理ひとつひとつにも縁起を担いだ意味合いがある。日本人として知っていてしかるべきことなのかもしれない。だが時代は流れ暮らしは変化し、古くからの風習にふれる機会は少なくなってきている。だからこそ自ら知ろうとすることが大切なのかもしれない。新しい年を迎える準備、今年は何を学ぼうか……
春に植えた苗が夏の間に青々と育ち、秋には実り頭を垂れる、お米。その自然からの恵みをいただくのはもちろんのこと、丹誠込めて育てられた稲を干し、藁にして、また来年の豊穣と健康を祈るために作られるのが、注連飾り(しめかざり)だ。神社などで見られる、神聖な場所との結界に用いられる注連縄(しめなわ)が形を変え、一般的な家庭でも歳神様を迎えるために玄関先に注連飾りが飾られるようになったという。注連縄とおなじく注連飾りを飾る場所は「清められた場所」であることを表している。おのずと注連飾りを飾る背筋もぴんと伸びる。
藁の香りに包まれた日本の手仕事
稲藁の匂いをかいだことがあるだろうか。何ともいえない優しく心地よい匂い。生き生きとした植物の香りとは違い、落ち着いていてどことなく癒される。いにしえより日本人の心のどこかにインプットされた匂いなのかもしれない、そんな気持ちさえわいてくる。「乾燥した藁は、きれいに整えやすいように、少し湿らせてしなやかさを戻しておきます。」そう説明してくださるのは、ことほきプロジェクトの鈴木安一郎さんと安藤健浩さん。アートやデザインといったモノを生み出すクリエーターのふたりが、藁を綯(な)うという手仕事のおもしろさ、造形の美しさに魅了され、始めたという注連飾りづくり。彼らの生み出す注連飾りは昔ながらの形を踏襲しながらも、洗練された美しさがある。
縄を綯うことに始まる注連飾りづくり
束ねた藁を三束に分け、“綯(な)う”。昔の人は縄を綯うということを日常的に行っていた。その綯い方は「右綯い」と呼ばれるもの。だが、注連縄は左綯いが一般的だという。「神様へのお供えものだから、日常的な慣れた手作業から一線を引き、心を整えて作る。左綯いにはそんな意味が込められているのではないかな、私たちはそんな気持ちで作っています。」と安藤さん。もともと鈴木さんのお父様に習い作り始めたのが17年前、同人誌(四月と十月)に書いたコラムをきっかけに、作った注連飾りの発表を始めたという。今では、稲を育てることにも取り組んでいるそうだ。
自然のサイクルに寄りそいながら
「今は育てた稲を青いうちに刈り取って制作することが多いんです。クリエーターとして今たずさわれるのは造形の部分ですが、今後は稲を育て、お米をいただき、その副産物として得られる稲藁を使って、また来年の豊穣を祈るための注連飾りを作る、そんな自然のサイクルを目指していけたらと思っています。」と安藤さん。お米は1粒で1000粒の実りとなるそうだ。そして、3000粒でお茶碗一膳に。注連飾りをつくることがお米の実りに感謝する機会にもなる。鈴木さんは注連飾りづくりに込める思いを語る。「注連飾りの装飾は、地域ごとにいろいろ。海産物があったり、稲藁以外で作る地域もある。その土地で取れたものを飾って、五穀豊穣に感謝する。素材を生かしたものは素朴で力強くて魅力的ですよね。注連飾りを通して、地域のことも知るきっかけにもなれば、と思っています」。クリエーターとして美しい形を作り出すだけでなく、その向こう側にある日本の手仕事や習わし、自然のサイクルにまで目を向けられていることが言葉の節々から伝わってくる。
新たな気持ちで、注連飾りを飾る
三つの束がしめ込まれ、美しいスパイラルが浮かび上がってきた。ごぼうじめと呼ばれる基本形だ。ごぼうじめを輪にしたり、飾りをつけると良く目にする注連飾りができあがる。紙垂(かみしで)や橙(ダイダイ)、ユズリハ、ウラジロ……飾りつけるもののそれぞれにいわれがある。今年はひとつひとつ意味を考えて飾るのもいいかもしれない。
彼らの手から生み出された注連飾りからは、素材がもつ力強さや美しさといった表情が見える。華美な装飾はされていなくとも、造形の美しさに作り手の思いがあらわれている。手仕事に込められた思い。日本の習わしを知るために出かけたこの旅にも、人の思いが交差する。稲藁の優しい匂いをほのかに感じながら、新しい一年のおとずれにまた一つ感謝の気持ちがわいてくる。