Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

眠り生まれる芳醇なかおり食とはぐくむ酒の文化

2015.02.16

目覚める前の香り

ふつふつ、ぷくぷく。耳を澄ますと音が聞こえる。お酒の“もと”がそだつ音。のぞき込むとそこに、清酒になる前の原石たちが深く深く眠っている。まだ荒々しい酒のにおいが鼻をかすめる。

寒仕込みの季節

寒さ厳しい11月から2月は酒造りの本格的な季節。外気と変わらない酒蔵の中で「寒仕込み」と呼ばれる仕込みが行われている。京都・伏見は酒どころとして有名だ。くちあたりの柔らかい良質な湧き水が豊富なことが、酒どころとさせる所以のひとつ。「伏見の女酒」という言葉があるほど、飲み口の優しく端麗なのが特徴だ。古くから酒造りが行われていた伏見は、豊臣秀吉によって建設された伏見城の城下として、そして江戸時代には大阪と京都を結ぶ水運の玄関口として発展をとげた。土地の発展とともに、地方の造り酒屋もこぞってこの地に蔵を構えたという。酒蔵の数はめっきり少なくなったものの、その頃の活気を想像させる木造やれんが造りの町並みは美しい。

食とはぐくみ

酒造・山本本家は創業1677年以来、いまも同じ場所で日本酒作りを続けている。「日本酒は飲むだけでなく、感覚すべてで楽しめるものなんです。器に注いだ色をみる、香りを愛でる。そして味わう。たくさん飲まなくてもいい、少しでも楽しく美味しく感じられるものを見つけてもらえたら」。世界的にアルコールの消費量が減っているといわれている中、お酒が飲めない人でも楽しめるようなものを作りたい、と山本本家12代目の山本晃嗣さんは話す。「日本酒の文化は和食とともに育まれてきました。和食に合う、ということが私の酒造りの根源にあります」。伏見の酒が名を轟かせたのは、京都・大阪の上方料理が発展を遂げたことことも深く関わっている。“和食”の文化が世界に認められたことで、次第に日本酒も世界で楽しまれるようになってきたという。
「海外の人は、もしかすると日本人以上に食と酒との組み合わせを大切にしているかもしれません。フレンチにはワイン、その中でもどんな種類のワインを合わせるかを楽しむ。同じように和食には日本酒を添えるというように、食と酒との相性を大切にしている。和食とともに日本酒が世界へと広がっていくことがとても楽しみです」

そだつ日本酒

仕込みが行われる蔵では一粒の米がたくさんの工程を経て、酒へと姿を変える。酒米を洗い、適度の水に浸けたのちに蒸す。水はもちろん、伏見の地下水を汲みあげたもの。同じ工程でも米の種類や毎年のでき具合、気候によっても水に浸ける時間は変わってくると杜氏の寸田さん。蒸された米に麹菌がまぶされ米麹(こめこうじ)が作られる。そしてアルコールの発酵を促す酵母(こうぼ)を培養させた酒母(しゅぼ)、米麹、水、蒸米をあわせると、いよいよ発酵の工程へ。
ふつふつふつ。日本酒の“もと”がそだつ音はここで聞こえる。米のデンプンが糖へと分解され、その糖が発酵してアルコールへと姿を変える。この日本酒のもとは「もろみ」と呼ばれ、約ひと月かけて発酵、それが終わるともろみをしぼり、酒粕を濾(こ)す。濾した酒が落ち着いてくると濁りが落ち着き、黄金色に輝くという。

生まれいづる清らかな酒

温度管理が重要な酒づくりでは、昼夜問わず蔵人たちの目が、勘が要となる。準備運動をしていた蔵人が、蒸した米を麻布で急いで運ぶ。空気に触れさせ、手でならしたら、順にタンクへ運ぶ。蔵人たちの一連の作業リレーが、目の前で潔く美しく流れる。その姿はまるで、茶道の所作のようにも感じられた。冷え込む蔵は大地からの恵みである米が、澄んだ酒へと姿を変える神聖な場所。掃除に始まり掃除に終わると寸田さんは教えてくれたが、生まれいずる清酒のため、蔵の中は常に掃き清められる。若き12代目は曇りない日本酒への思いを聞かせてくれた。「伏見の米と水で、土地のもので日本酒を作る。そのことはこれからもずっと続けていきたいこと。そして、地域の垣根を越えて食と酒の文化を世界へ発信できるように挑戦したいです」

気の引き締まるような冷えた蔵の中で感じた、まだ荒々しい酒の香り。熟成を経て、眠りから覚める芳醇な香りをまとった新酒。秋がもうすでに、待ち遠しい。

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