Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

色とりどりの色彩りをつくりだす場所

2017.10.10

芸術の秋

鼻先をかすめる少し冷たくなった風に、すっかり秋を感じる季節になった。
閉め切った窓ガラスを眺めながら、ふと学生の頃を思い出す。
ひんやりとした夕方の空気。
ひとりで歩く放課後の廊下。
美術室の前の絵具の匂い。

学生の頃、きっと誰もが一度は手にした絵具。
今回は、そんな絵具の匂いを探す旅へ出かけてみよう。



絵具の歴史

やってきたのは、東大阪に工場を構えるホルベイン工業株式会社。絵具や画用液などをはじめ、種類豊かにあらゆる画材を製造販売する、日本を代表する絵具メーカーだ。今回案内してくださるのは、相談役の小杉 弘明さん。日本に初めて西洋式の絵具が入ってきたのは、1800年代終わり頃のこと。ホルベイン工業はその直後、1900年に旗揚げし、以来日本の絵具作りを常にけん引し続けてきた。
洋の東西を問わず絵具の歴史は古く、もとをたどれば芸術とは無関係のところで発生しているのだという。太古の昔、まだ文字もない時代の人々は「後にくる人になんとかしてものごとを伝えたい」という気持ちから、赤土や黄土などと、それらを定着させるための糊をまぜ合わせて、ものを記録するための素材をつくりだした。これが絵具の始まりといわれ、その後、ものを彩る芸術分野での画材として、今日までさまざまに発展してきたのだという。絵具はその昔、顔を合わせることのできない人と人との情報伝達のために先人の知恵の中から生まれたコミュニケーションツールのひとつであった。

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美しさを求めて

こだわりの「色」がつくりだされる現場へ伺った。絵具の原料がまざりあった匂いに、初めて自分の絵具を手にした幼い日の記憶がよみがえる。お道具箱や算数セットをひと通り用意してもらった中にあった、美しく並べられた色とりどりの絵具。宝ものを手に入れたような特別な気持ちは、今も記憶の中にはっきりと残っている。この美しい絵具はどのようにして生まれるのだろう。
「ここではまず、原料になる色の粉の粒子がかたまりになっているのを糊で溶いて、まぜてやります。そうして次は、粒子が細かくなるように粒を分けてやる。そういう作業をするのが絵具屋さんの仕事なんです」。絵具の粒子の大きさを小さくそろえることで、透明度が高く、光をきれいに正反射する美しい絵具が出来上がる。色や種類によって粒子の大きさを思い通りにコントロールすることが、絵具メーカーにとって何よりも大切な仕事だという。高い技術が結集された機械の力と、それを操る、経験を積んだ人間の目がものをいう作業だ。粒子の大きさをコントロールするためのロールから流れ出てくる、できたての絵具の姿は壮観。

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絵具づくりの大敵は、カビやバクテリア。「一番ひどかったのが、ポスターカラーに酵母菌が生えて、お酒みたいになっちゃったことですね。メディウム(※)の段階で菌が入っていると、それをどの色にも使いますから、全部ぱあなんです」。防腐剤や防カビ剤を定期的に更新し、対策はするものの、耐性菌ができて突然カビが生えることもあるのだという。原料の保管から色の出来上がりまで、神経をとがらせる工程が続く。

※メディウム……絵具とまぜてつやや立体感を与える媒体。

目で見ること

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こだわり抜いてつくり上げられた絵具は、厳しい試験にかけられる。耐光性試験、粘性試験、加熱促進試験、そして色味のチェック。色味のチェックは機械と人間の目の両方で行う。「人間の目って優れていて、二つの色を並べてみた時に違いがあるかどうかっていうのをわずかな反射率のちがいなんかで、ものすごく正確にわかるんです。機械にかかって同じでも、目は『あれ、おかしいぞ』って。人間の目のほうが確かなんです。ただ、残念なことに、人間の目は覚えておけないんですよ。ですからそこで、機械で測った数値があると、どのくらいばらついてるかっていうのがわかるんです」。機械の技術と人間の目が、それぞれに補い合う。こうして高い基準をクリアした絵具だけが、お客様のもとへ渡るように世の中に送りだされていく。

色の不思議

色の好みは人それぞれ。ぴりりとスパイスのきいた真っ赤が好きな人もいれば、シックなグレーや黒が好きな人だっている。とはいえ、色の美しさを測る尺度にも、ある一定の基準があり、一般的に、明度と彩度が高い色、つまり、より鮮やかでより明るい色が美しいとされるのだという。例を挙げるならば、目の覚めるようなウルトラマリンなどがわかりやすいかもしれない。
「ところが色って、不思議なんです。例えばね、あまりきれいじゃないイエローを真ん中に持ってきて、その周りをものすごく鮮やかな彩度の高い色ばっかりを持ってきてしまうと、『汚いイエローやな』と思うんですけど、逆に明度、彩度の低い中にポンといれてやると、『なんと美しいイエローや!』と思うんですね。全く同じ色を持ってきているのに不思議でしょ。だから本当に、色は見せ方次第なんです。同じ色であっても、まわりに来る色でどんな色に見えるかが変わってくるわけなんです」。

美しいと評価されるものばかりが並んでも、すべてが美しく見えるわけではない。
反対に、ひとつでは美しいと評価されない色であっても、まわりにある色たちと引き立てあえば、素晴らしく美しいものに見えることだってある。
見る人や扱い方によってさまざまに表情を変える色。
まわりにあるものや環境で、私たちに全く違った印象を与えてくれる色。

懐かしい記憶を呼び覚ます絵具の匂いと出会うことのできた今回の旅。
ふと私たちの住む世界を見渡せば、すべてが色で埋め尽くされている。
そんなすべての色にも意味があるような気がして、いつもの景色が少しだけ新鮮に映る。
今日見た空の青やたわわに実った稲穂の金。
明日にはまた違った表情を見せてくれるのだろうか。

「色」の世界がもつ無限大の可能性を、どこまでも追いかけてみたくなった。


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