Seasonal Journey 〜Invitation for scent〜

山と共に生きること夏に美味しい山椒の香り

2021.08.06

夏が来た

力強い日差しに肌を焼かれながら、暑さは得意じゃないなとつくづく思ってしまう。体力を順調に奪われながら歩いていると、芳ばしい香りが漂ってきた。うなぎ屋さんの蒲焼きの匂い。ふっくらと焼きあがったうなぎの上に山椒をひとふり、そんな光景が目に浮かんでくる。日本では馴染み深い山椒。あれ、でも実はあまりよく知らないのかも。そうだ、今日はその山椒を探しに出かけてみよう。


紡がれてきた恵み

山椒の名産地、和歌山県有田川町。高野山から流れる有田川沿いにあるこの地では、千年も前から栽培が行われているらしい。最近は“ぶどう山椒”と呼ばれる、特に大粒な品種が盛んに栽培されている。


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この地の、きとら農園さんを訪ねた。農園のある辺りはその昔、弘法大師空海が祈祷を行い開いた田であることから「祈祷田(きとうだ)」と呼ばれ、今ではそれが変化して「きとら」と呼ばれているとのこと。農園名はその地名から付けられたのだそう。新田 清信さんに農園を案内していただいた。


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日本のスパイス、山椒

細く曲がりくねった山道をずんずん登り、標高600メートルほどの山間にある農園についた。そこにたくさん植えられた山椒の木には、大振りの実がたわわに実っていた。確かに大粒のそれはぶどうのように房なりで、ぶどう山椒と呼ばれる所以がよくわかる。


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木に近づいても山椒の匂いはしないが、葉に触れて軽くこすってみると、よく知っているあの香りが優しく鼻を抜けた。青くて小さなミカンのような実を手に取り、割ってくださった新田さん。みずみずしくて強い、酸味と青みを持った爽やかな香りが一気に広がった。


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山椒の食べ方は様々で、葉や実だけでなく、花も楽しめる。
春、芽吹き始めの若葉は木の芽と呼ばれ、醤油漬けなどで。4月から5月ごろに咲く花は花山椒としていただく。蕾の状態で摘み取ることが多く、鮮やかな黄色の蕾はお吸い物をはじめ、薬味としても様々なお料理に使われる。6月に入ると、まだ青くて中の種子も柔らかい状態の実を収穫し、実山椒として佃煮やちりめん山椒などにして食される。この実山椒として収穫できる時期は短く、7月を過ぎると中の種子は硬くなってしまう。そうなると果皮を使うようになり、皮を乾燥させ粉末状にすりつぶしたものが粉山椒だ。以降収穫は晩夏まで続く。
一般に流通量が多いのはこの粉山椒だそう。ただ意外なことに、市場全体ではその多くは漢方薬の原料として製薬会社の元に届けられ、食用の流通はずっと少ないらしい。
特殊な爪を指にはめて、ひとつひとつ丁寧に実を摘み取りながらそう説明してもらう。果実としてあらためて山椒を見るのは、なんだか新鮮に感じた。


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きとら農園では粉山椒をつくるとき、収穫された実を12時間ほど寝かせて乾燥させる。すると皮が弾けて中の種があらわになるのでそれを取り除き、皮だけをすりつぶす。熱に弱い山椒の風味を保つため、ここでは昔ながらの石臼挽きにこだわっている。ゆっくりと石臼を回して作られる粉山椒は、鮮やかな黄緑色をしていて香りがとても強い。
少し味見させていただいた。キレのあるみずみずしい芳香が鼻を抜けてゆき、パンチの効いた爽やかな辛味がじんわりと舌に広がってくる。香りだけでなく、粉山椒に“美味しさ”を感じたのは生まれて初めてかもしれない。


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この地で、山と育てる

穏やかに話す新田さんだが、山椒の栽培や収穫は自然との戦いでもあるのだと教えてくれた。美味しくいただける柔らかい実山椒は「収穫できる時期が短くて、6月の二週間くらいしかないんですよ」と、かなりスピード勝負なのだという。真夏の陽の恵みをたっぷり受ける山椒は、あっという間に成熟が進む。
その後の粉山椒の収穫時期は7月からが本番。6月から8月にかけての最も暑いこの季節が、新田さんにとって一番忙しい時期なのだ。


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暑さや時の流れだけではない、山の中にはたくさんの動物が暮らしている。その中でも「カモシカが一番悪いんですよ。枝ごと咥えて引っ張ってしまうんで、食べられると木が坊主にされてしまう」。鹿や猪もあなどれず、山間の斜面の急な農地に苦労して囲いを作っても、乗り越えられたり、破られたりしてしまう。補修しようにも「その場所を探すのがまた大変なんです」と少し顔をしかめられた。
柔らかな風と鳥のさえずり、緑の香りを心地よく感じながら、反面、自然の厳しさもあらためて思い知らされる。



有田川で生まれ育ったという新田さんだが、一時期東京で仕事をしていたこともあるのだとか。転機があり、この地へと戻られたのだそうで「昔は田舎が嫌だったんですけど、年取ってくるとあんまり苦じゃなくなって、全然良いかなって変わってきましたね」と言う。都会の喧騒から離れて、穏やかで静かな地で落ち着きたいと思っての決断だった。


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町には、大小合わせて200件ほどの山椒農園があるそうだが、「みなさんもうご高齢で、平均年齢は80歳近いんですよ。僕は唯一ぎりぎり30代」と、新田さんの次に若い方でももう60代なのだと話してくれた。「僕は始めて10年くらいなんですけど、その当時に比べるとだいぶ減ってしまいましたよ」。きとらにも他に山椒農園がいくつかあったそうだが、ご高齢でみな辞めてしまわれ、今では新田さんただひとりとのこと。




育むこと、と

昨今はチョコレートなどのスイーツにも使われたり、海外でもJapanese pepperとして知名度が上がってきている山椒。日本独自のスパイスとして需要も増えてきている中で、生産者が減って供給が追いついていない現状に「注目され始めたところなのに、廃れていってしまうのは本当に勿体無い」と思いを打ち明けてくれた。加工や販売形態に至るまでこだわって、独自の品質と付加価値を追求し、それを今の時代に合った様々な販路で山椒を届けている新田さん。栽培から加工、販売まで一貫して行うことで、お客様と直接繋がることができるだけでなく、鮮度と香りもどこよりも良いものを届けることができる。そうして山椒の価値を上げていきたいと話す。


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日本固有の香りが、強く思いを持った農家さんに支えられていると知った今回の旅。
これからは山椒の香りが鼻を抜けるたび、爽やかさと一緒に活力も分けてもらえそうな気がする。





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SPECIAL THANKS

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